2017/10/29

10年履ける靴かどうかは10年経たないとわからない

「作りのよい革靴は10年でも20年でも履ける」 ― こんな言葉を聞いたことはありませんか?更には、「革靴は10年、20年履いてこそ一流の証」などということも、まことしやかに言われることがあります。これはある一面で事実も含んではいるけれど、ことはそう単純じゃないぞ……というのが私の意見です。ちなみに私は恥ずかしながら(本当に恥ずかしいことなのかどうかわかりませんが)、学生の頃に買ったポールセン・スコーンの靴を12年履いたのが最長で、それも今や引退して手元にありません。最後の数年間は騙しだまし履いていたというのが正直なところです。

私は「靴が好きで好きでしょうがない、何十足でもコレクションしてしまう」というような類の人間ではありません。それでも、一般的に高額な部類に入る靴はいくつも履いてきましたし、何より靴の手入れは幸せな道楽の一つとも言えるものです。また、自分で稼ぎを得るようになって以来、数千円で買えるような修理の効きづらい革靴は履いていません。ただ、これは「そのほうが長く履けるから」というような気持ちからではなく、人に与える印象をコントロールすることが第一義でもありません。どちらかといえば、趣味あるいは矜持といった、より身勝手な動機から来るものです。

そんな中で実感しているのが今回の記事タイトル。もちろん、潜在的に10年履けるポテンシャルがある靴と、普通はどうしてもその前に寿命を迎えてしまう靴というのはあります。作りのよい革靴というのは、一般的に前者であることが多いのは確かですが、結局のところ「10年履ける靴かどうかは10年経たないとわからない」のです。

履く頻度がモノを言う

当然のことながら、例えば1か月に一度しか履かない靴であれば、10年後でも現役でいられる可能性は非常に高いでしょう。靴好きにも色々な類の人がいますが、買い集めるあまり膨大なコレクションを形成してしまうような場合、単純に履く頻度が少ないせいでひたすら長持ちすることはままあるようです。これは特殊な例と言っても差し支えないかと思います。

私は、気に入って手に入れた靴であれば、なるべく普段からよく履くようにしたい。とはいえ、やはり毎日同じ靴を履くわけにはいきません。よく言われるのは、一度履いた靴は中2日休ませるというサイクルで、私の感覚もこれに近いものがあります。試しに日を空けずに足を入れてみると、一瞬で「ああ、やっぱり昨日履いたばかりだもんな」と草臥れを感じますが、2日ほど経つとこれがなくなります。そうすると最低で3足あれば足りるのですが……。3足の場合、ローテンションを守る限り、その日に選べる靴が一足しかないということになります。また、1足を修理に出している間はどうするかということにもなります。

そこで、常に最低6~7足は持っておくことになり、その時点でだいたい同じ靴を週に1~2回履くペースが出来上がります。(すなわち、これより数が多くなったときには、「ああ、完全に道楽だな」と認識することになります。)しかし、どの靴も完全に同じ頻度で履くかというと、そうはいきません。どうしても手持ちの中で一番のお気に入りというのは出てきてしまいますし、様々な服装との合わせやすさにも違いがあるため、「最低中2日」は守りつつも、頻度には差がつきます。すると……仮に平均して週に1回履く靴と週に2回履く靴があるとすれば、5年も経てば実際に履いた日数は約260日もの違いになるのです。実働日数が何百日と異なっていれば、手に入れてからの年数で寿命を比較するのはナンセンスでしょう。そして、正確な頻度を購入段階で予想するのもまず不可能です。

足に合うかどうか

足に合う靴を選ぶというのは、快適に履くため、そして自分の足を守るためにも大切なことです。合わない靴によって足に余計な負担がかかるということは、靴にもそれだけ負担がかかっていることを意味します。それが靴に無理な歪みを生じさせることもありますし、歩き方が不自然になれば、例えば知らず知らずのうちに靴をどこかにぶつけてしまうというようなリスクも高まります。こうした細かな点が、靴の寿命にも大きな影響を与えるのです。

試着の段階で明らかにおかしいというのは論外でしょう。ただ、やっかいなのは、本当に足に合っているかどうかはすぐには分からない場合が多いということ。

履き始めは痛いぐらいであっても、馴染んでくる靴があるのは本当です。これは、結果的には足に合っていたということでしょう。但し、ずっと痛いだけの靴もあります。馴染んだと思ったらすぐヨレヨレになってしまう靴もあります。こういうことが起きたら、そこで実は足に合っていなかったということが分かったりします。真実は時間が経たなければ判明しません。逆に、最初からよくフィットする靴だってあります。「はじめから履きやすすぎる靴はすぐにガバガバになるよ」と言う人もいて、これは実際に起こりうることです。ところが、終始一貫してフィット感を保ち続ける靴に出会えることもあります。結局……時間が経つまでは何も分かりません。

既成靴であれば、様々なメーカーのいろいろなモデルを実際に試してみるしかありません。オーダーメイドであっても、同じところで何度か作ってみないことには見えてこないことのほうが多いでしょう。

私の場合、クロケット&ジョーンズ、特にハンドグレードコレクションには見た目が好きなものが多く、5、6種類のラストをしばらく履いていたことがありますが、まったく合うものに出会えませんでした。逆に既成靴で最もしっくり来たのが、シェットランドフォックスの「インバネス」というシリーズです。確か2009年の秋、発売されたばかりのときにストレートチップを購入して、今でも履いているのでもうすぐ8年。次の10年選手候補ですね。価格は当時は4万円を切る程度でした。その後別のデザインも追加して、3足のインバネスを使用しています。(そのうち一足の写真を記事最下部に掲載しています。)

不慮の事故

さて、運よく足に合う靴に巡り合って、ローテーションを守っていれば安泰かというと、そうはいきません。靴は(大抵の人にとっては)履いて出歩かなければ意味がないものです。そして、外を歩けば何が起こるか分かりません。突然の豪雨があるかもしれないし、何かとんでもないものを踏んづけてしまうかもしれない。そうやって、靴に想定外のダメージが蓄積していきます。

もちろん、気を付けてさえいれば、事故などそうそう起こるものではありません。ものを大切に扱う人はちゃんとそうしたことに注意を払っていますから、明日何かが起きてしまう確率は相当低いはずです。明後日もそう。ただ、5年、10年といったスパンで考えたときに、まったく「あっ」と思わずに過ごすことができるかというと、話は別です。それに、「靴より大事なものなど何一つない」なんていう人はいませんから、時にはお気に入りの一足に多少の無理を聞いてもらう場面だって出てくるでしょう。

10年履けたら20年履けるかもしれない

というわけで、素晴らしい靴を見つけて手に入れたら、ぜひ購入日をよく覚えておいて、どれだけ将来に渡って活躍するか、その間に何回くらい自分の足を包んでくれたか、ときどき思い返してみてください。

「良い靴は長く使えるなんて嘘だよ」とか「10年も履くなんて難しいよ」ということを言いたいわけではありません。「長持ち」はあくまでも「結果」であると理解した上で、気楽に味わえばいいんだと思います。

もしめでたく10年間使い続けることができた靴があれば、次の10年だって期待できる可能性はあるでしょう。20年履ける靴かどうかだって20年経たないとわからないし、30年だってそうですよ。きっと。