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2026/01/09

革靴の本体は中底である説

みなさんは自分のお気に入りの革靴を語るとき、どこに一番に注目しますか? 靴の顔ともいえるアッパーの素材やデザインでしょうか。縫いの精緻さや木型の美しさでしょうか。あるいは、堅牢なアウトソール(本底)の作りでしょうか。人によっては、素材や外観よりも、機能としてのフィッティングや履き心地が第一かもしれません。


本底(アウトソール)ではなく、中敷きでもなく、「中底」の話です(AI生成画像)

もちろんどれも大切なポイントかと思いますが、前回の記事で宮城興業の「和創良靴」についてお話する中で、私はそれらに加えて「頼りなげな中底の質感」に触れました。

実は私は、革靴の真の本体、その構造と機能の根幹を成すのは「中底」なのではないかと考えているのです。少し大げさかもしれませんし、半分冗談だと思って聞いてくださっても構いませんが、これからその理由を解説します。

中底が革靴の本体である理由① 中底は足が直接触れる土台である

靴の最も基本的な機能は、足を保護し、快適な歩行をサポートすることです。その点で、中底は他のどのパーツよりも重要な役割を担っています。なぜそう言えるのか考えてみましょう。

  • 中底は足裏との主要な接点となっています。フルソックの中敷きを入れているのではない限り、履いている間ずっと足裏と接し続けるパーツです。
  • 足裏と接し続けるということは、荷重の最前線であることも意味します。着用者の体重による圧力で中底が沈み込み、足型(フットプリント)を記憶することは、既製靴を個人のための道具へと昇華させる不可欠なプロセスです。
  • 足はたくさんの汗をかくとい言われていますが、汗腺は特に足裏に多くあります。中底はその足裏に接するパーツだからこそ吸湿性の良い革が求められます。

多くの本格靴は中敷きを後ろ半分のハーフソック(半敷き)に留めています。前足部の中底を露出させるのは、上記のような機能を最大限に発揮させるための意図的な設計であると見ることができます。

加えて言うなら、この「足裏に触れる部材」とそれを足に固定しておく機構(紐でもベルトでも)さえあれば、他のパーツはなくとも最も原始的な形の履物は完成します。アッパーや本底、ヒールは、そこから派生し、保護性やファッション性などをより向上させるためのオプションであるとも言えるのです。

中底が革靴の本体である理由② 中底は製造工程の起点である

グッドイヤーウェルテッド製法やハンドソーンウェルテッド製法などの本格靴の製造プロセスは、まず木型に中底を固定することから始まります。アッパーの吊り込みも、ウェルトの縫い付けも、すべてはこの中底を土台として行われるのです。

どのような靴になるかは、まず「どの木型にどの中底を据えるか」で決まると言えます。そして木型は完成品からは抜かれてしまいますが、残るのが中底です。中底は単なるパーツではなく、車両や建造物でいうところのシャーシやフレーム、基本骨格であると捉えることができるのです。

中底が革靴の本体である理由③ 中底の修理・交換とは?

靴の各パーツの重要度は、その修理・交換の難易度にも表れます。

まず、アウトソールは地面と接する部位のため、すり減るのが前提です。ヒールのトップリフト交換は言わずもがな、オールソールも靴の寿命を延ばすための一般的な修理です。

アッパーはどうでしょうか。外側に露出しており靴の顔とも言える部位のため、ダメージを気にする人は多いと思います。しかしその分、キズ補修、クラックの補修、ほつれの縫い直しなどは多くの靴修理店のメニューにありますし、更にはいわゆるチャールズパッチ(当て革)による穴の修理が行われることもあります。

これに対して、中底に致命的な損傷(割れ、腐食、過度な変形)が生じた場合、その修復は非常に困難です。中底を交換するには、アウトソールを剥がし、ウェルトを解き、アッパーを中底から引き剥がすという、靴の解体(全損)を意味する工程が必要となります。

リラスティングによる中底交換に対応するメーカーや修理店も存在しますが、これはもはや「情緒的なアイデンティティであるアッパーを別の靴で再利用する」というプロセスです。

「そのパーツの死が、道具としての死を意味する」という点において、やはり中底こそが靴の「本体」なのです。

ウェルテッド製法以外でも本質は同じ

尚、ここまでの議論はグッドイヤーウェルテッド製法やハンドソーンウェルテッド製法といったウェルトを使用した製法を前提にしていますが、他の多くの伝統的な製法においても本質はさほど変わりません。

例えば、マッケイ製法の場合は中底が比較的薄く、アッパーとアウトソールが中底に直接縫い付けられます。しかし、やはり「足裏に触れ、全てのパーツを一つに束ねる接点」としての役割は中底にあります。マッケイにおいて中底が傷めば、靴の形は一気に崩壊します。

また、一枚の革が足裏から甲まで包み込むモカシン製法では、「中底」という独立したパーツがそもそも存在しない場合があります。しかし、これこそ「足裏を支えている底部分の革(=中底としての機能を持つ部位)が甲まで伸びている」状態であり、まさにそこが本体です。

中底を大切にしている靴メーカーは?

このように靴のパーツの中でも重要性が高い中底ですが、視覚的なアピールも難しく、地味で長期的な機能が中心となるためか、靴メーカーが自社の中底のすばらしさを大きく打ち出しているケースは稀です。そんな中で、どうすれば本当に中底にこだわっている靴を見つけられるでしょうか。

まず、ハンドソーンウェルテッド製法でこだわりのビスポーク靴を製作しているような工房であれば、ほぼ間違いなく良質な中底を使用しているでしょう。分厚い革にウェルトを縫い付けるための溝を掘り、ビスポークの複雑な木型にぴったりと合わせ、手作業で針孔をあけながらしっかりと締まったすくい縫いを施す必要があるという時点で、かなりの程度中底の質が担保されているはずです。


筆者の経験上の中底2トップはJ.M. WestonとLudwig Reiter

では既成靴ではどうか。これは究極的には実際にいろいろな靴を見比べ、履き比べていくしかないと思いますが、私が知る中で「ここは特に中底にこだわっていそうだな」と感じるのはJ.M. WestonとLudwig Reiterです。

J.M. Weston

J.M. Westonは、自社が所有するTannerie Bastin & Fils(バスタン)のアウトソールが非常に高い評価を得ています。しかし、J.M. Westonでバスタンのレザーが使用されているのはアウトソールだけではありません。中底のレザーもバスタンであると明言されています。

また、モデルによって、リブテープを使わずに中底自体を削り出す方式と、中底にリブテープを接着する方式が使い分けられています。このように、中底の加工方法ですら、ケースバイケースで慎重に選択するという姿勢そのものがこだわりを示していると言えるでしょう。

Ludwig Reiter

まず、Ludwig Reiterは、他の多くのブランドが語らない中底の重要性を、公式ウェブサイトで明確に言語化しています。具体的には、中底が「足の気候(foot climate)」と「履き心地(wearing properties)」にとって非常に重要であると述べ、素材を「first class, untreated cowhide(最上級で無処理の牛革)」と指定し、革の呼吸(吸湿・放湿性)という機能を殺さない「素上げ」にこだわるとのこと。

また、海外のインタビュー記事・インタビュー動画において、Ludwig Reiterが革リブではなく布製のリブテープを採用する理由が語られており、それが面白い。(彼らは実際に革リブを試したこともあるそうです。)

その理由とは、別パーツとして布製のリブが接着されている形であれば、リブが壊れても中底を生かしたまま比較的容易にリブ交換ができるからだそうです。万が一リウェルトを繰り返すなどの負荷が蓄積しても中底には直接ダメージが及ばす、靴の真の寿命を延ばすことができるという、まさに「中底=本体説」を体現するような哲学です。


バスタンレザーのクローズアップ(但しアウトソール)とLudwig Reiterの中底(新品時)

こうしたこだわりは、もちろん実際に履いていても実感できます。J.M. Westonのほうはとにかく「丈夫な中底だな」という印象。Ludwig Reiterはしっかりしていると同時に、しなやかで蒸れが少なくすっきりと履けます。

見えない場所にこそ真実が宿る

いかがでしたでしょうか。「中底こそが革靴の本体である」という考え方は、少し偏執的に聞こえたかもしれません。しかし、華やかなアッパーの裏側に隠されたこの一枚の革板に注目することで、メーカーが込めた「誠実さの温度」を感じ取れるようにも思います。

あらゆる細部の作りが本当に良いかどうかは、靴を徹底的に分解してみなければわからないでしょう。でも、店頭で一足の靴を手に取るとき、その内側を覗き込めば、ハーフソックの先に広がる中底の表情は見ることができます。それがどのような思想でそこに据えられたのかを想像してみれば、表面的なデザインやブランド名を超えて、少しだけ真実と対話することができるかもしれません。

参考外部リンク

J.M. Weston工場の訪問記事
https://www.lesindispensablesparis.com/fashion/jm-weston-h24rt

Ludwig Reiterのオフィシャルサイトでの中底への言及
https://www.ludwig-reiter.com/en/glossar

Ludwig Reiter工場の訪問・インタビュー記事
https://www.gentlemansgazette.com/ludwig-reiter-factory-tour/

#ジェイエムウエストン #ルーディックライター

2026/01/05

宮城興業のパターンオーダー「和創良靴」を6年履いた感想

「和創良靴」は、山形県にあるシューファクトリー、宮城興業が展開するパターンオーダーシステムです。全国の提携店で採寸し、ベースとなる木型やデザイン、革、底材などを自分好みに組み合わせて一足を仕立てるというもので、比較的手に届きやすい価格も手伝って、日本の革靴好きには良く知られた選択肢かと思います。


宮城興業ES-37アデレード/アノネイ2761(ダークブラウン)

私も今から6年ほど前にこの和創良靴を一足手に入れました。前回の記事で「靴は購入して5年くらい経つと長い付き合いだと感じ始める」と書きました。この靴についても、一度これまでに感じてきたことをまとめておきたいと思います。

ひとことで言うと、「大好きな一足には絶対に選ばれない微妙さ」と「これでいいという安心感」が同居している靴です。

ディテールを見ると微妙なところだらけ

この靴を眺めていると、至る所に「惜しい」と感じるポイントが顔を出します。それらは決して致命的な欠陥ではないのですが……絶妙に「微妙」なのです。


出し縫いの奥に除く不自然な縫い目と、アッパー前部底面の歪み

微妙ポイント① 出し縫いの奥に覗く不自然な線

まず、アッパーとウェルトの隙間が妙に広い気がします。ウェルトが密着していない。

そして目を凝らすと、出し縫いの奥に、白く細い縫い目のようなものが線状に見えます。分解したわけではないので断言はできませんが、おそらく「すくい縫い」の糸が見えてしまっているものと思われます。

効率を求めるゆえか、ウェルトの追い込みが甘い。構造的には問題ないのですが、いわゆる高級靴と呼ばれるものではなかなか目にしないディテールです。

微妙ポイント② アッパー底面のゆがみ

甘いといえば吊り込みも甘いのかもしれないという印象です。キャップの切り替え線のすぐ前あたりのアッパーに、わずかな凹凸(ゆがみ)が見受けられます。

キャップとヴァンプの革が重なる部分の段差による影響で、吊り込みの際に力が不均一にかかってしまったのか。あるいは先芯の接着との何らかの干渉が原因なのか。これも欲を言わなければ許容される個体差だと思いますし、靴の機能として特に支障はない部分ではありますが、なんとも惜しいところです。


アッパー表面の表情

微妙ポイント③ アノネイの素顔すぎる表情

アッパーの革はアノネイのダークブラウンを選択しましたが、様々な情報を総合すると、この革はおそらくボカルー(Vocalou)だと思われます。そして……その表面にはトラや血筋が隠されることなく配置されています。

名門タンナーの革を限りなくリーズナブルに提供する努力なのでしょうか。アノネイだからといって完成された美しさを期待すると、その飾らなさはやはり微妙に映ります。

微妙ポイント④ 頼りなげな中底の質感

中底はやや薄手もしくは柔らかめで汚れやすい印象です。エッジには吊り込みの力がかかった部分が皺となって表れてきています。(これは汚くて恥ずかしいので写真は載せません。)

おそらく、ベンズではなくショルダーの革を使用した中底なのでしょう。やはりトラや血筋が多く、革の繊維密度が不均一なのだと思います。そのせいで、汗や摩擦による汚れが沈着するスピードに差が出やすく、結果として紋様を強調するように浮かび上がってしまうのだと推察されます。

馴染みの早さは感じますが、重厚な高級靴の背骨のような剛健さを求めると、やはり少し物足りなさを感じてしまいます。

微妙ポイント⑤「快適」と「不快」の境界線にあるライニング

ライニングは前半分には吸湿性の良い豚革を使いつつ、後半分には顔料が強く、少し蒸れやすいブラックレザーを配した仕様。色移りを防ぐための策とはいえ、足を通すたびに感じるわずかな熱のこもりは、完璧な快適さとは言い難いものです。(ただし、これは現在は素上げ革を選べる仕様になっているという情報もあります。)

なぜこの靴を選んでしまうのか

それなのに、不思議なことが起こります。「今日は最高の一日を過ごそう」と気合いを入れる朝、この靴が選ばれることはまずありません。しかし、履きたい靴がなかなか定まらないとき、私は「これでいい」とばかりに結局この靴に足を入れています。つまり、この靴は「最高の消去法」によって選ばれる一足となっているのです。

初期は「一応アノネイです」と言わんばかりに硬さまで微妙なアッパーでしたが、数年経つ頃からしっかりと足に馴染んできました。当初は光らなかった表面も、今やブラッシングだけでそこそこ奥深さが出るようになり、最初は削れやすかった本底は、圧縮されてかなりのタフさを手に入れています。

「大好き」という熱狂はない。けれど、「これでいい」と思わせる安定感がある。テンションの上がり具合いがゼロである代わりに、ストレスもほぼゼロ。この「裏切らない中庸」こそが、この靴が持つ最大の、そして最も実用的な魅力となっているのです。

八丁堀の記憶と「餅は餅屋」のこだわり

この靴の成り立ちには、もう一つの大切な背景があります。それは、私がこの靴をオーダーした、今はなき八丁堀の「加賀屋靴店」での記憶です。ネットの情報によると、加賀屋靴店は「コロナ禍前まで」営業していたとのこと。

私が加賀屋靴店を訪れたのは2019年末~2020年初頭ですから、パンデミックが世界を覆う直前、閉店ギリギリのタイミングだったということになります。対応してくれたのは、経験の深さを感じさせるご年配の女主人。あの時、彼女が私の足を測り、導き出した数値があったからこそ、この「微妙なディテール」を持つ靴が、6年後に「ちょうどいい、これでいい」へと結実しているのでしょう。

もちろん、今フィットしているのは結果論かもしれません。でも1つ言えるのは、もし数ヶ月ずれていれば、この一足はこの世に存在していなかったということです。

最近、宮城興業のオーダーを受け付ける店はテーラー(服の仕立て屋)の割合が増えている印象です。もちろんテーラーという場所は素敵ですが、私には「靴のことは、靴の専門家に任せたい」という、「餅は餅屋」への拭いきれないこだわりがあります。

所詮はビスポークではない、単なるMTO、パターンオーダーです。それでも、私は、たとえ間に合わせの既成の安靴だったとしても、「靴メーカーが作った靴」を「靴屋さん」で買いたいと思っています。

2026/01/01

10年履ける靴かどうかは10年経たないとわからない

「作りの良い革靴は10年でも20年でも履ける」 ― こんな言葉を聞いたことはありませんか?更には、「革靴は10年、20年履いてこそ一流の証」などということも、まことしやかに言われることがあります。これはある一面で事実も含んではいるけれど、ことはそう単純じゃないぞ……というのが私の意見です。


購入して16年が経過したシェットランドフォックス「インバネス」キャップトウ・オックスフォード

私は「靴が好きで好きでしょうがない、何十足でもコレクションしてしまう」というような類の人間ではありません。それでも、一般的に高額な部類に入る靴はいくつも履いてきましたし、何より靴の手入れは幸せな道楽の一つとも言えるものです。また、自分で稼ぎを得るようになって以来、数千円で買えるような修理の効きづらい革靴は履いていません。「10万円の革靴は高くないけど、1万円のスニーカーは高い」と思う感覚を持っています。

ただ、これは「そのほうが長く履けるから」というような気持ちからではなく、人に与える印象をコントロールすることが第一義でもありません。どちらかといえば、趣味あるいは矜持といった、より身勝手な動機から来るものです。

そんな中で実感しているのがこの記事タイトル。もちろん、潜在的に10年、20年と履けるポテンシャルがある靴と、通常どうしてもその前に寿命を迎えてしまう靴というのはあります。そして、作りのよい革靴というのは、一般的に前者であることが多いのも確かですが、結局のところ「10年履ける靴かどうかは10年経たないとわからない」のです。

そしてそれには、実に様々な要因があります。

履く頻度がモノを言う

当然のことながら、例えば1か月に一度しか履かない靴、半年に一度しか履かない靴であれば、10年後でも現役でいられる可能性は高くなるでしょう。靴好きにも色々な類の人がいますが、買い集めるあまり膨大なコレクションを形成してしまうような場合、単純に履く頻度が少ないせいでひたすら長持ちすることはままあるようです。これは特殊な例と言っても差し支えないかと思います。

私は、気に入って手に入れた靴であれば、なるべく普段からよく履くようにしたい。とはいえ、やはり毎日同じ靴を履くわけにはいきません。

よく言われるのは、一度履いた靴は最低でも中2日休ませるというサイクルで、私の感覚としてもこれは頷けます。試しに日を空けずに足を入れてみると、一瞬で「ああ、やっぱり昨日履いたばかりだもんな」と草臥れを感じますが、2日ほど経つとこれがなくなります。そうすると最低で3足あれば足りるのですが……。3足の場合、ローテンションを守る限り、その日に選べる靴が一足しかないということになります。また、1足を修理に出している間はどうするかということにもなります。

そこで、常に最低6~7足は持っておくことになり、その時点でだいたい同じ靴を週に1~2回履くペースが出来上がる……というのが、そこそこ合理的に靴にこだわる人の仮想シナリオになります。(すなわち、これより数が多くなったときには、「ああ、完全に道楽だな」と認識することになります。)

しかし、どの靴も完全に同じ頻度で履くかというと、そうはいかないでしょう。どうしても手持ちの中で一番のお気に入りというのは出てきてしまいますし、様々な服装との合わせやすさにも違いがあるため、「最低中2日」は守りつつも、頻度には差がつくはずです。

すると……仮に平均して週に1回履く靴と週に2回履く靴があるとすれば、5年も経てば、実際に履いた日数は約260日もの違いになるのです。実働日数が何百日と異なっていれば、手に入れてからの年数で寿命を比較するのはナンセンスでしょう。そして、正確な頻度を購入段階で予想するのもまず不可能です。

足に合うかどうか

足に合う靴を選ぶというのは、快適に履くため、そして自分の足を守るためにも大切なことです。合わない靴によって足に余計な負担がかかるということは、靴にもそれだけ負担がかかっていることを意味します。それが靴に無理な歪みを生じさせることもありますし、歩き方が不自然になれば、例えば知らず知らずのうちに靴をどこかにぶつけてしまうというようなリスクも高まります。こうした細かな点が、靴の寿命にも大きな影響を与えるのです。

試着の段階で明らかにおかしいというのは論外でしょう。ただ、やっかいなのは、本当に足に合っているかどうかはすぐには分からない場合が多いということ。


手入れに使用するブラシ、クリーム、シューツリーなど

履き始めは痛いぐらいであっても、馴染んでくる靴があるのは本当です。これは、結果的には足に合っていたということでしょう。一方で、ずっと痛いだけの靴もあります。馴染んだと思ったらすぐヨレヨレになってしまう靴もあります。こういうことが起きて初めて、実は足に合っていなかったということが分かったりします。真実は時間が経たなければ判明しません。

逆に、最初からよくフィットする靴だってあります。「はじめから履きやすすぎる靴はすぐにガバガバになるよ」と言う人もいて、これは実際に起こりうることです。ところが、終始一貫してフィット感を保ち続ける靴に出会えることもあります。結局……時間が経つまでは何も分かりません。

既成靴であれば、様々なメーカーのいろいろなモデルを実際に試してみるしかありません。ビスポークであっても、同じところで何度か作ってみないことには見えてこないことのほうが多いでしょう。

不慮の事故

さて、運よく足に合う靴に巡り合って、ローテーションを守っていれば安泰かというと、そうはいきません。靴は(大抵の人にとっては)履いて出歩かなければ意味がないものです。そして、外を歩けば何が起こるか分かりません。突然の豪雨があるかもしれないし、何かとんでもないものを踏んづけてしまうかもしれない。そうやって、靴に想定外のダメージが蓄積していきます。

もちろん、気を付けてさえいれば、事故などそうそう起こるものではありません。ものを大切に扱う人はちゃんとそうしたことに注意を払っていますから、明日何かが起きてしまう確率は相当低いはずです。明後日もそう。ただ、5年、10年といったスパンで考えたときに、まったく「あっ」と思わずに過ごすことができるかというと、話は別です。それに、「靴より大事なものなど何一つない」なんていう人はいませんから、時にはお気に入りの一足に多少の無理を聞いてもらう場面だって出てくるでしょう。

10年履けたら20年履けるかもしれない

というわけで、素晴らしい靴を見つけて手に入れたら、ぜひ購入日をよく覚えておいて、どれだけ将来に渡って活躍するか、その間に何回くらい自分の足を包んでくれたか、ときどき思い返してみてください。

「良い靴は長く使えるなんて嘘だよ」とか「10年も履くなんて難しいよ」ということを言いたいわけではありません。「長持ち」はあくまでも「結果」であると理解した上で、気楽に味わえばいいんだと思います。

もしめでたく10年間使い続けることができた靴があれば、次の10年だって期待できる可能性はあるでしょう。20年履ける靴かどうかだって20年経たないとわからないし、30年だってそうですよ。きっと。

もちろん、「一生もの」なんていうのも結果論ですが、結果論でいいじゃないですか。

私の場合

個人的な感覚としては、靴は購入して5年くらい経つと「けっこう長い付き合いだな」と感じ始めます。

私が「長く履いた靴」として一番に思い浮かぶのは、学生の頃に買ったポールセン・スコーンの靴です。クロケット&ジョーンズ製だったと思います。12年ほど履いて、今や引退して手元にはありません。でも、とにかくたくさん履いた。最後の数年間は騙しだまし履いていたというのが正直なところです。


シェットランドフォックス「インバネス」、16年が経過した革の質感、履き皺のクローズアップ

一方、現在手元にある既成靴で最も長く履いているのは、シェットランドフォックスの「インバネス」というモデルのキャップトウ・オックスフォード。確か2009年の秋、発売されたばかりのときに購入したので、執筆時点で16年を超えていることになります。価格は当時は4万円を切る程度でした。

もちろんシェットランドフォックスが良い作りの靴であることは間違いないのですが、これが長持ちしている一番の理由は明白で、諸般の事情でだんだんと黒のキャップトウを履く機会が減ったから。

それでも便利なデザインには変わりないので、たまには引っ張り出すこともある……すごくお気に入りというわけではない。でも特段悪いところはないし、処分を考えるほど出番がないわけでもない。そういう靴が意外と16年も一緒にいる、そんなものです。